「南京事件」の探究―その実像をもとめて (文春新書)



「南京事件」の探究―その実像をもとめて (文春新書)
「南京事件」の探究―その実像をもとめて (文春新書)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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南京事件については、今でもなお大虐殺説から、いわゆる「まぼろし」説まで、さまざまな論争が繰り広げられている。その一つの原因は、事件を確定した南京と東京の戦犯裁判が戦勝国主導のきわめて偏ったものであったことにもよるが、それぞれの主張に感情的なものが多かったことも関係しているだろう。
本書は、南京による大虐殺が「あった」のか「なかった」のかを性急に議論するのではなく、「南京で大虐殺があった」という認識がどのような経緯で出現したかを順序だてて確認したものである。南京事件が初めて世界に発信されたのはイギリスの日刊紙「マンチェスター・ガーディアン」の特派員・ティンバーリーによる書物だが、それは実際には中国国民党中央宣伝部の意を体して発行されたものであり、巧妙な戦時外交戦略であった。著者は、徹底した史料探索によってその事実を確認し、さらに南京事件の真実に迫っている。
当時、南京において日本軍による相当数の捕虜、あるいは民間人の殺害行為が行われたことは覆い隠せないことであるが、「30万人大虐殺」はすでに戦争中から準備されていた戦犯裁判のシナリオに沿って、日本の戦争犯罪を告発するためのハイライトとして作り上げられたといわざるを得ない、と著者は結論づけている。もちろん、だからといって日本軍の行為が許されるべきものではないが、ひたすら謝罪を続けるのみが「戦争責任」の取り方であるかのような戦後の日本外交のあり方を見るとき、歴史に対する正確な事実認識を持ち、それによるきちんとした申し開きをすることは国際社会で生きていく上での必要最小条件であるとの思いを強くせざるを得ない。(杉本治人)



「探究」ってのには遙かに足りない書

著者の政治的な神学論争を避けたいとした気持ちはわかるが、やはりすでに
著者のスタンスは書く前から決まっていたのだと思う。というのも、

1.取り上げた資料を読んで自明でないコトを推論する部分がかなり多い。
  その推論が、なんとなく「まぼろし派」寄り。
  (例えば、男性器の切断という「残虐行為」はどこの国でもあること、と
   いうのが「常識」ではないのか? それとも欧米にも宦官がいたの?)

2.統計が操作されていると指摘しているところが間違っている。
  (当時の統計操作が正しく、著者に従えば犠牲者数が原理的に過小に出る)

といった具合。
こんな誤魔化し(おっと失礼、わざとじゃないかも知れませんよね)は
「大虐殺」派を元気づけるので、やっぱりやめてほしかった、と感じる。

ついでに、日本側の資料が全然ないのも気になる。言い訳だと指摘されたくなくて、
という理由付けは、「日本側には虐殺があったことを示唆する資料はない」との、
間違った印象づけの原因になる。

それから、ゴランツ社(『紫禁城の黄昏』も出版)の性格についての説明や、
欧州における「左翼」の意味合いについての解説がないのも不可解。
「左翼」なら蒋介石の政権に協力するだろうってのも、まるで合理性がない。
日本憎しだったのは、中国での利権を日本に奪われたくない他の列強各国も
同じだったので、そもそもここで「左翼」とかを持ち出すのは場違いだ。

結論としては、何としても虐殺の文脈的証拠は出ないのだけれども、死体の数は
これほどかな、と言う数字を挙げているので、どうも著者は虐殺はあったという
スタンスらしい。それならスパッと自分の立場を鮮明にして、まわりくどいことを
書かなければいいと思うのだが、言い訳めいた文章がダラダラ続き、全体に
非常に読みにくい。
そのようなわけで、著者が目指したかったという、大虐殺のイメージがどのように
形成されたか、を明快に解いている本でもなく、何となく国民党の謀略だったのかも、
という印象づけに終わっている。しかも、南京が平穏だったと強く主張する割に、
何万という死者の数は是認しているので、何の本だかすら、もうわからない。

やはりまず南京事件に対する事実認定をしてからでないと、事件がどのように
認識されたか、の探究など出来はしないのである。「事実」と「認識」のズレを
決めないと、その評価が出来ないので、当然のことだし、そもそも誰の認識かを、
国民党公式見解、他地域の中国国民、英国のメディアなどと具体的に絞らなければ
記述できなくなってしまう。

まとまった本というものをものするには基本的な作業があまりにずさんなので
★にしたいが、出てくる資料には面白いものもあるので、なんとか★★★。
加えて、南京事件の本を読んだことのない人には、サッパリわからないだろう。
南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)くらいは読んでから手に取った方がよい。
歴史学と、筆者の限界

この本は、初版に、その後の南京事件関連の論争史を加え新版としたもの。大量の参考文献
や歴史学に忠実なのはいいが、なぜそれが起きたのか、という問題を深く掘り下げることが
できなくなっている。南京に至る道は、日清戦争よりも前から考察しなければその回答を得
ることはできない。社会学、心理学と連携してこの事件を考察した本が出ないのは非常に不
可解である。この本の価値は、一次資料に忠実でありながらもなおこの事件を否定し得ない
という筆者の誠実な態度である。また、4万人だとか30?40万人だとか争っている(またそ
れゆえ無かったという馬鹿までいる)ことに意味が無いことを述べている。神の視点は誰も
持てないのだから、どこで何が起きたか知るには限界がある。くしくも、筆者は、原爆が
広島に落ちたのはまぼろしである、とか2万人(厚生労働省によれば30万人)しかしなかった
と言われたらどう思うか、と読者に反問しているが、その通りであろう。なんと読んでも
構わないが、南京事件で最低に見積もって、純粋な民間人のみで数千人を理由なく殺して
いる。興味深いのは初版のあとがきと、新版のあとがきで、著者の述べていること、思想
が正反対になっていることだ。中国の情報操作がどうのなどと稚拙なことを言う輩がいる
が情報戦を行なうとして、事実を捻じ曲げるのは、我々はやるべきことなのか?著者に
いうが、思想や信条によるバイアス、結論の先取りのあとで事実を解釈すること、時代拘束
性を歴史学が免れ得ないのは、イロハのイであり、この本にもしっかり伺われる。歴史学
という狭いフィールドのみで、ある事象を把握することはできない。
なるほど、「大東亜戦争」が存在しなかったのだ!

 本当に、目からウロコが落ちました。この本を読んで、日本がやったとされるあらゆる行為が、実は、「きょーさんしゅぎしゃ」または「国民党」の「インボー」だったとわかりました!今までは騙されていたわけだ。著者の挙げる理由は簡潔にまとめれば、彼らはナショナリスト(つまり右翼?)だからなのである。そうですな、共産主義者が右翼だなんて、非常に理解しやすい説明じゃないですか?

 それで、いわゆる「大東亜戦争」も実は、存在しなかった!!我が国の「歴史研究」があそこまで進んでいたとは、驚きだ!さらに、ここで数多くの「知識人」のリビューを拝読させていただき、現在の日本がどれほど世界のために貢献しているかは、よく分かりました。
脇が甘い日本人

結局読んで感じたことは、「脇が甘い」ということわざがありますが、日本人は脇が甘すぎると思ったのが一番。日本人の資質として、ないことをさもあったかのように宣伝して、なんかそういうムードに持っていくっていうのは日本人の肌にあわないと思うのですね。従ってそのようにされることにも疎い。もう日本の敗戦が決まってから連合国はその後の自国の発展をどうしていくか、それぞれ巧みに考えていたのだと思う。日本はいったいどうなるのか??なすすべもなくまずは頭をたれることからスタートした日本の戦後は当然ながら初めから分が悪かったわけです。あったかなかったかという議論もさることながら、この問題の本質は戦勝国に巧みに利用された事実にふらふらになりかつあたふたしている日本の姿を反省して今後の糧とするべきだことだと思う。昔から国対国の戦争を繰り広げていたヨーロッパ諸国なんかは上手にまけるノウハウなんかが蓄積されていたように思われてならない。
政治的プロパガンダとしての「南京事件」

読者は、本書が南京事件(南京大虐殺)そのものの歴史的真相を追求したものではない、ということを強く念頭において読み進めるべきである。「虐殺派」にも「まぼろし派」にも属さない客観的、公正な立場から論争の決着を求める、ということでもない。おそらく、読者のほとんどはこの論争をふまえて本書の扉を開くであろうから、この本はどちらの肩を持つのか?とか、どちらに有力な材料を提供するのか?などと期待するかもしれない。そのような期待は、本書の理解を妨げてしまう。

本書は、あくまでも、南京事件が政治的プロパガンダとして利用され、その過程でいかに政治的歪みを与えられたかを明らかにする。当初は、同盟国側の同情や支援を引き出すための国民党の政治的反日宣伝や東京裁判のプレゼンス主張の一環だったものが、戦後の国共内戦を経た東西冷戦のなかで中共政府に継承され「(愛国心を鼓舞する)誇張表現である『愛国虚言』」へと肥大していく。この過程についての実証研究としては優れたものであり、この問題に新たな視点を与えたことは本書の大きな功績だ。

くり返すが、本書は、旧軍の行為を戦争犯罪として(戦闘行為の範囲内との主張も含め)どう裁くかという論争に決着をつけるような研究論考でもないし、その論争に割ってはいるようなものでもない。その種のバイアスを持っていると本書の価値が見えにくいかもしれない。



文藝春秋
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